2010年2月24日
教皇の地位と権威
教皇の司教座聖堂はサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂であり、公邸はバチカン宮殿である。また避暑用の別荘として
(古代の都市アルバ・ロンガの近く)カステル・ガンドルフォに別荘を持っている。歴史上では、教皇は長きにわたってラテ
ラン宮殿を在所としており、避暑用の施設はクイリナーレ宮殿であった。クイリナーレ宮殿はその後、イタリア王の宮殿を経
て、大統領公邸になっている。
教皇はカトリック教会の長としての権威(聖座として)と国際法上の権威(バチカン市国として)の両方を組み合わせた外交
関係を保持している。数百年の長きにわたり、教皇の宮廷(ローマの聖座)はカトリック教会の枢要機関として機能してきた
。「聖座」あるいは「使徒座」という言い方は教会用語でローマ司教(と教皇座全体)の特別な権威を示すものである。ロー
マ司教として国際社会とカトリック教会の中で認められてきた教皇の特別な権威・栄誉・特権はすべて使徒の頭ペトロの権威
から引き継がれたものとみなされてきた。
ペトロの権威によってローマはカトリック教会の中で中心的な位置を占めることになった。ローマ教皇はあくまでローマ司教
としてその権威を行使するが、ローマに住むことが必須というわけではない。ラテン語の定式「ウビ・パパ、ウビ・クリア」
という言い方は教皇がカトリック教会の中心都市に住む限り、ローマ司教であり続けることができることを示している。たと
えば1309年から1378年にかけて教皇座はアヴィニョンにおかれていたが、これは古代イスラエルの故事になぞらえて「教会の
バビロン捕囚」とよばれた。
現在の教皇の地位を規定しているのは第1バチカン公会議(1870年)で採択された教義憲章「キリストの教会」である。同憲章
の第一章は「ペトロに由来する使徒的首位性」というタイトルで、「福音書からも、主キリストが使徒ペトロに他の人々に優
越する権威を与えたことは明らかである」(第1節)と述べ、さらに「もしペトロがキリストによって使徒のかしらとされ、教
会の目にみえるしるしとして立てられたということを認めず、そのイエスからの直接の権威が単に名誉的なものだけで実質的
な意味を持たないというものは教会から排斥される。」としている。(「~は教会から排斥される」という表現はアナテマと
呼ばれるもので古代以来、第1バチカン公会議にいたるまで用いられ、カトリック教会が教義について述べた文章に必ず添えら
れる定型文であった。)
第二章「聖座におけるペトロの権威の存続について」では、「主キリストがペトロに与えた権威は永続的なもので、『岩の上
にたてられた』教会として存続し、『おわりの時』まで続くものである」と述べ、 「ペトロの座を引き継いだものは誰でもキ
リストに由来する権威を保持し、全教会に対する首位性を有する」とする。よって「この権威がキリストの意図によるもので
なく、ペトロの権威は永遠のものであることを認めないもの、ローマの聖座がペトロの権威を継承していないというものは教
会から排斥される」という。
第三章「ローマの聖座の有する首位権の力と性質」では、「フィレンツェ公会議においてローマの聖座、使徒座は世界の教会
におよぶ首位性を持ち、ローマの聖座が使徒の長、キリストの代理であるペトロの権威を引き継ぎ、全教会の父・教師たる地
位を持つ旨が宣言されている」とし、「この聖座の布告にもとづいて、ローマ教会は他の教会に対しても卓越した地位を保持
する」としている。
教皇の力は同憲章の3章などに定められている。それは「信仰の最高の判定者であり、信仰の問題についての決定権を持つ。す
なわち聖座としての決定的な布告は、誰も覆すことができない」というものである。これは同じ公会議で布告された教皇不可
謬性の問題と密接な関連を持っている。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
教皇の地位と権威は偉大なんですね。
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