2007年09月26日
モナ・リザの歴史について
今回はモナ・リザについて今回は調べてみました。
なぞが多いダビンチ。さてどのような話になるのか。。
(Mona Lisa, Monna Lisa, 伊: La Gioconda、仏: La Joconde)
イタリアの美術家レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた油絵。内観的な表現をもって黒い衣装を着た一人の女性が、わずかに微笑んだ半身の肖像が描かれている。おそらく歴史上最も有名な肖像画であり、これほど賞賛、模写されてきた絵は他に例を見ない。レオナルドは1503年にこの絵を描き始め、3年かおそらく4年後まで筆を入れた。ポプラ材に書かれたこの絵は現在パリのルーヴル美術館に展示されており、同館の目玉的展示物となっている。
モナ・リザ
油彩、ポプラ材、77 x 53 cm.
Leonardo da Vinci (1503 - 6)
モナ・リザのモデルが誰であったのかはわかっていない。初めこの絵は「ヴェールをかぶったフィレンツェの娼婦」と呼ばれていたが、50年ほど後にレオナルドの生涯を『美術家列伝』に記したジョルジョ・ヴァザーリがこの絵について『モナ・リザ』と記し、それが広まって今の名が定着した。モナは婦人、リザはエリザベッタの愛称である。ヴァザーリはこの女性がフィレンツェの富豪、フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻であるとも記しており、イタリア語、フランス語での名称 La Gioconda はジョコンド婦人という意味である。
ヴァザーリのこの記述を元に、美術史の研究者たちの多くはこの絵のモデルはフランチェスコ・デル・ジョコンドの3番目の妻であるエリザベッタ・デル・ジョコンダであると考えている。一方、レオナルドは通常、描く絵について大量のスケッチやメモを残しているが、この肖像画については晩年まで離さず持ち続けていたにもかかわらず、何の記録も残していない(もっとも、レオナルドのノートはその3分の2が失われており記録が無い確証は無い)。かわりに「フィレンツェの貴婦人の役目は、偉大なジュリアーノ・デ・メディチの死と共に終わった」とだけ述ベており、依頼主がジュリアーノ・デ・メディチ(ロレンツォ・デ・メディチの子)であり、肖像がフィレンツェの貴婦人(あるいは愛人ともとれる)であること以外は彼の言葉からはわからない。
デル・ジョコンドは実在の裕福な人物であり、当時フィレンツェの中で政治的にも権威を持っていた。しかし、その妻であるエリザベッタ、本名リザ・ゲラルディーニについてはほとんど何もわかっていない。1479年に生まれ、1495年にデル・ジョコンドと結婚したことはわかっているが、それがレオナルドの言った「貴婦人」かどうかの確証はない。絵を描いた1503年当時、エリザベッタは24歳であり、描かれている人物はもっと年齢が高く見える。さらに、デル・ジョコンドの妻と書き記したヴァザーリは1511年の生れであり、レオナルドにもエリザベッタにも会ったことがなかった。また「モナ・リザ」を実際に見たことすら疑われており、ヴァザーリの記述には疑問点がかなり多い。
そのため、モデルと言われている人物は他にも候補がいる。
レオナルド自身の言葉から、当時ジュリアーノ・デ・メディチの愛人であったナポリ公妃コスタンツァ・ダヴァロス。ただし1503年当時45歳と年齢が高く、年齢的には合わない。これにはレオナルドが嘘をついたとする説がある。
年齢が絵と近く、同じ構図の油絵『アラゴンのイザベラの肖像』があるミラノ公妃イサベラ・ダラゴーナ。『アラゴンのイザベラの肖像』はスイスで個人が所有しており、詳細はよくわかっていない。
レオナルドのデッサン「イザベラ・デステの肖像」に残っているものと容姿が一致するマントヴァ侯爵夫人イザベラ・デステ。このデッサンは横顔であるが衣装、顔、体型がモナ・リザに書かれている女性と非常によく似ている。しかしレオナルドの手によるデッサンであるかどうかについては議論がある。
この4名が主に挙げられるものの、いずれも確証はない。
後の無名の投稿がさらに混乱を引き起こした。この肖像画はフランチェスコ・デル・ジョコンド、つまりこの絵は元々男性の肖像画である、という議論を生んだ。
レオナルドとモナ・リザの合成画像(拡大)また、ベル研究所のリリアン・シュワルツ博士は、モナ・リザはレオナルドの自画像である、という見解を出した。彼女のこの理論はレオナルドの自画像であると言われている絵と、モナ・リザの顔の特徴をデジタル解析した結果に基づいている。モナ・リザとレオナルドの自画像と言われている絵をコンピューターを用いて合成すると、顔の特徴がほぼ完璧に一致する。しかし同じ画家が描いた絵であれば癖や好みなどから特徴が似通った絵となることも多く、レオナルド自身の「全ての肖像画は画家自身の自画像に通じる」という言葉を裏付けた結果をうんだものとも見なせる。
なお、一般的な肖像画にはその描かれた人物が誰であるかを暗示するモチーフがふんだんに盛り込まれる傾向にあった。
服装・・・その人物の階級、裕福さ、時代が反映される。
背景・・・その人物の住まい、生まれ、場合によっては階級など。又、名前を暗示した植物なども描かれる。
髪型・・・その人物の職業や時代を表す。
モナリザに当てはめると、服装は誰もが着ると思われる喪服のような物であり、背景にその人が誰であるかを示す暗示も無く、髪型にも薄いヴェールがかけられており、特定の個人を示す暗示が殆ど得られない。
結局、現在まで500年以上モデルが確定していないことが一つのミステリーでもあり、この絵に対する興味、この絵の魅力を増す要因の一つに挙げる意見もある。
一方、絵画においてモデルが誰であるかはほとんど意味がない、という見解もある。写真ならばモデルが誰であるかは重要だが、絵画ならばモデルよりも画家の筆致が重要だからだ。同じモデルでも画家が異なればまったく別の絵画となる。モナリザがすばらしいのは、モデルがすばらしいからではなく、ダビンチの筆致がすばらしいからだ。この絵画が傑作であることに関して、モデルの意味はあまり重要ではないとも言える。
[編集] 美学的見地でみたモナ・リザ
モナ・リザはその後全ての肖像画の標準的なあり方を示した。この肖像画は人物をバストアップのアングルでとらえ、背景に遠くに見える景色を採用している。また、シンプルに画面の中央にピラミッド状に人物が見える構図を採用している。頭の点がピラミッドの頂上であり、腕を組んだ位置がピラミッドの手前側の頂点になっている。顔、首、胸も腕と同様に柔らかな光が当たっているように描かれている。この光彩が隠れた球面と円形の構図を明らかにし、画面を生きたものとしている。全体を通してレオナルドが完成したスフマートで描かれており、背景には空気遠近法を用いた描写がされている。
(部分図)有名な口元の微笑みについてフロイトは、レオナルドが母親に抱いていた性的な魅力であると解釈した。別の学者は純粋に魅力的な者を描いたと解説している。またある者にはひねた笑いか、悲しみをたたえた笑いであるともいわれている。しかし、レオナルドの時代にはこのような不思議な笑みも肖像画によくみられる特徴の一つであった。
表面上はシンプルな肖像画であるが、レオナルドはモデルと風景を統合的に描くことに成功している。女性の髪の毛、衣装の感覚的な曲線はスフマートを用いて描かれ、背景にあるうねった谷と川にとけ込んでいる。モデルのわずかな微笑みを含めて、これらの全てが調和した一つの絵に仕上げた裏には、レオナルドがもっていた人間と自然の宇宙的なつながりの構想が反映されており、レオナルドの才能と先見を永遠に記録している。
絵の背景には広大な景観と、遠くには氷でできた山が描かれている。曲がりくねった道と遠くに見える橋以外、人間の痕跡がない。ぼやけた輪郭、優雅な造形、明暗の劇的な変化、全体の落ち着いた雰囲気を含めてレオナルドの「型」であり、これらの特徴はそのままその後の肖像画のプロトタイプともなった。
この絵画は、肖像画として初めて空想の空間の前に人物を描いたものの一つでもある。興味深い特徴として景色が平らでないことが挙げられる。右側の景色に対して左側の景色は明らかに低い。このことから、背景は後に追加されたとも考えられる。
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