2009年7月 2日

東洋思想における世界観

広大な東洋世界では、唯一神教に宗教・思想的に統一されていた西洋社会とは異なり、東洋思想においては一定の歴史的段階を持って変質していく世界観が提示されていることが多く、そのため原理自体が歴史的に流動的であるとされ、原理的に世界像を描き出すことはそれほど主要な哲学的問題とはされず、しばしば実用面が重視された。
古代中国哲学における世界観 - 中国においては戦国時代に諸子百家と呼ばれる多様な思想家を輩出し、さまざまな考え方を主張した。中国思想における論理学派として有名な名家は名辞の真理性を主張した。彼らによれば「白い馬」とは「白」と「馬」であり、「白」という観念と「馬」という観念こそ真理であるとする観念論を唱えた。このような名家の主張に対して、法家では実際的で物質的な「実」と「名」を一致させることが真理であると主張し、儒家は教化主義的立場から「実」に真理を求めた。また陰陽家は「陰」と「陽」の調和と対立による世界観を主張した。漢の時代皇帝支配が徹底され儒学が国教的な位置をしめるようになると儒教の実際主義がますます支配的となった。天変地異は実際の皇帝の施策と影響しあうということが信じられ、自然現象がしばしば政治的に論議された。しかし同時に儒教のこのような実際主義は陰陽思想や法家的立場を実際面から尊重するものでもあり、名家のような名辞主義は早くに没落したが、儒教の知識人主義的な書誌尊重の風潮とともにこれらの思想も維持や儒教への吸収がされた。これは儒教思想が基本的には多神教の立場を取っていたことにもよる。また儒教はその復古主義的性格からだいたいにおいて歴史主義的な世界観を持っていた。
理気二元論 - 北宋・南宋代中国に流行した二元論的世界観。実際には理のほうに優位性を認めており、厳密な二元論ではない。そのため中国では一般的に理学(宋明理学)と呼びならわされている。南宋の朱熹(朱子)が有名。仏教や道教の影響のもとに陰陽二元論から発達するかたちで成立した。陰陽二元論においては理(実在)はその気の陰陽の影響に基づくものであるから、基本的に気で哲学的問題は完結していた。しかし理気二元論は世界の絶対法則である理(実在)の筋道である道が気の陰陽を規定するという立場を主張した。しかしこの道とは理そのものに発しているものであるから、気を現象的に捉えるならば、理に本質を設定することになる。朱熹はこの立場を徹底し、理を物質的実在そのものよりも上位の一種の法則的存在として設定したたため、理は実在そのものよりもむしろ観念的存在となり、観念論的傾向が強められた。
理気一元論 - 明代中国の王陽明が中心となって提唱した一元論的世界観。理を尊重する立場は朱子学と変わらないが、「心」そのものが理とする唯心的な主張(「心即理」)を展開し、朱子学が知識優位で原理主義的であるのを批判して実践主義を唱えた。「知行合一」、つまり行動と知識の一体性を主張した。中国では前述の理学に対して心学と呼ばれるが、のちに独我論的立場を強め急進化し、政治的に弾圧された。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

東洋思想には独自の世界観があるようです。


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